親の想い…。

朝、2階の掃除だけはして荷物をまとめ出発!
開館前の図書館に寄り、写真で紹介した本の返却をポストにしました…。
そして、故郷宇佐美に1人、車を走らせました。
途中雨が降りましたが、亀石峠を下りる頃には青空が出ていました。
そして彼の所へ…。
ご両親に挨拶し、お母さんの後ろを歩いて彼の遺影を久しぶりに見ました。
「何かあったのかな?と思ってね…。」とお母さん。
「すみません。今日は失礼な話をする事になるかも知れません…。」
と話し始め、途中お母さんと一緒に泣きました。
お父さんは床屋さんなので、店の方にいました。
私からの申し出を快諾してくれたお母さん…。
実は先週来る予定だったのが、豪雨の為、今日となり、ずっと用意してくれていたんだと思います。
帰り際に沢山頂きました。

私の大好物の干物と冷蔵庫内にあったと思われる缶ジュース全部…。
そんなに何でも…の前に素直に受け取る私がいました。
彼(お母さんの息子)と同じ歳ですから、私は子供と同じです…。
長男リョウタは来年、彼が亡くなった歳と同じ歳になります。
もし、リョウタが同じ事になったら…。
そんな事を考えられる歳に私もなりました…。
そんな話もお母さんにしました…。
そんなお母さんお願いしたのは、
家内を連れ、私自身初めてご自宅の仏壇を前にした時にお母さんが出して見せてくれた“これ”を借りる事でした。

彼が亡くなった時、クラス委員長だった私が葬儀の際に読んだ弔辞です。
まさか、私自身が必要とする時が来るとは…。
コピーして返す時、ご両親に私が使いたいとお願いした事の結果を伝えたいと思います。
その後、私のDNA、漁師だったお爺ちゃんと、福祉を志すきっかけをくれたお婆ちゃんのお墓参りに行って来ました。
帰り際、小2まで住んでいて社会人になる前に無くなってしまった、
両親の職場(たちばな屋)があった場所に寄りました。

店の横の空き地から壁に向かって軟球を投げていたあの頃…。
空に向かっても何度も投げては道路にボールが転がっていきました…。
昨日の野球の活躍はその頃の繰り返しの賜物です。
その店の址の向かいの景色がこちらです。

曇ってましたが初島です。
横を見るとこんなです。

それからですが…(苦笑)
頂いた干物を冷蔵庫に入れてもらうべく両親の下へ行き、買ってあったコンビニ弁当を頬張り、
小、中の同級生がオーナーを務めるこちらに向かいました。
http://www.e-karada.jp/
午前中に寄った友人の事を含め、同級生達の現状についていろいろ情報交換しました。
当然、私のボディビル環境についても伝えしました。
オーナーの岡さんとは、小学生時代、プロレス談議をよく交わしていた仲。
こちらの本も再び活躍してくれました。

南伊東になりますが、ビルダー仲間には筋トレに寄ってもらえれば…と思います。
同級生が地元のスポーツクラブのオーナーさんですよ!
本当に、ボディビルを続けていると不思議な巡り合せが沢山あります。
私の高校時代に行っていたボディビルセンターも駅裏に健在でした。
義理の兄とも会い、富士に戻る途中、所属ジムに電話をし、タンニング(日焼け)を20分して帰宅しました。
玄関に着くと、愛犬ゆきがシッポを振って喜んでいました。
リョウタは散歩に行ってくれてたようですが、再び散歩に行ってあげました。
我ながらよくやった1日でした…。
因みにタンニングの理由ですが…。
20日に職場の福祉法人内のデイサービスセンターで再びフリーポーズをする事となりました。
引き受けたからにはしっかり準備したいと思います。
みんなが幸せになりますように…。